ちりぬるをわか
日々のちょっとした事。で、いろんなことがあったりなかったり。
昨夕、郵便受けを見に行ったら先日注文した中古の文庫本がさっそく届いていた。
おそらく何処かへ行った前の本と同じ時期に出たものではないかと思う。
なのでカバーが少し薄れているのと天地や前小口(本の上下と背表紙の反対側=開く方)の紙が少し色あせている。
でも全体的にかなりきれいだった。
本を開くと表表紙がきれいに折られている。
そこから
34ページ目までは開いた後がついているのだけど、その後のページは全く折り目がついていない。
ってことは、この本を売った人は34ページ目までしか読んでいないのだろうか、思ってその後をパラパラ開いてみる。実はこの本、本文は31ページ目からで、そこまでは長いまえがきと十牛図の各絵がページごとに載せてあるのだ。
で、その31ページめからしばらく進むと36ページ目から41ページに鉛筆で書込みがしてある。書込みに加えて幾つもの漢字に読み仮名が振られている。中には簡単な漢字もあるし、ふりがなが間違ってるところもあったりする。
ああ、これって学生さんが講義か何かでこの箇所を読む宿題でもあったのかな。幾つかの仏教用語にも枠外に意味が書かれてい線が引いてあったり。
あるいは、この箇所を読み合わせるので、読み仮名を書いておいたとか。
でも授業が終わると本はもう開かれる事も無かったのだ。本を少し丸めて前小口を広げてみると、それら書込みが行われたページだけ微妙に色が褪せていて、後のページはほとんどまっさらのように見える。
うん、前の本が出て来る事があったらどれほどボロボロになったか改めて実感するだろうなあ。
それぐらい良い状態の本を手に入れた・・かもしれないね。^^v
おそらく何処かへ行った前の本と同じ時期に出たものではないかと思う。
なのでカバーが少し薄れているのと天地や前小口(本の上下と背表紙の反対側=開く方)の紙が少し色あせている。
でも全体的にかなりきれいだった。
本を開くと表表紙がきれいに折られている。
そこから
34ページ目までは開いた後がついているのだけど、その後のページは全く折り目がついていない。
ってことは、この本を売った人は34ページ目までしか読んでいないのだろうか、思ってその後をパラパラ開いてみる。実はこの本、本文は31ページ目からで、そこまでは長いまえがきと十牛図の各絵がページごとに載せてあるのだ。
で、その31ページめからしばらく進むと36ページ目から41ページに鉛筆で書込みがしてある。書込みに加えて幾つもの漢字に読み仮名が振られている。中には簡単な漢字もあるし、ふりがなが間違ってるところもあったりする。
ああ、これって学生さんが講義か何かでこの箇所を読む宿題でもあったのかな。幾つかの仏教用語にも枠外に意味が書かれてい線が引いてあったり。
あるいは、この箇所を読み合わせるので、読み仮名を書いておいたとか。
でも授業が終わると本はもう開かれる事も無かったのだ。本を少し丸めて前小口を広げてみると、それら書込みが行われたページだけ微妙に色が褪せていて、後のページはほとんどまっさらのように見える。
うん、前の本が出て来る事があったらどれほどボロボロになったか改めて実感するだろうなあ。
それぐらい良い状態の本を手に入れた・・かもしれないね。^^v
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ここ一月ほど探しても見つからない文庫本が一冊。
お医者に行く時にいつも持って行ってそれっきりになっている。
見つからないと余計に手元に置いて読みたくなる^^;。
あまぞんで中古(少しでも安いので)を買おうかとずっと考えていた。
どこかへ行った本も10年以上も前に買ったものなので、新しいいものである必要はない。
大事なのは中身なので、古くても多少汚れていても読めれば良い。
本のタイトルは「十牛図 自己の現象学」。
臨済宗禅の人が描いたひとまとまりの牛の絵を十牛図と呼ぶ。
その十牛図自体が一般的なものではないのだが、興味があれば簡単な紹介本があれば目を通してみると面白いかと思う。
どうしようかと思っている本はそこそこ込み入った書き方がされているのだけど、その分何度も目を通してあれこれと考える場にできる。
もし出てきたらダブるなあと思っていたのだけど、もう見つからないような気がしてきた。
やっぱりここを書き終えたら注文しよっと。
そういえば、同じ本を二冊、というのはこれで2回目だなあ。
前は岩波文庫の梁塵秘抄。
これも20年位折に触れて読んできて、紙が黄ばんでボロボロになって来たので新しい版を買った。でも古いものも捨てられなくて^^;。
こういうことをしてるから、物が増えるんだろうなあ^^;。
お医者に行く時にいつも持って行ってそれっきりになっている。
見つからないと余計に手元に置いて読みたくなる^^;。
あまぞんで中古(少しでも安いので)を買おうかとずっと考えていた。
どこかへ行った本も10年以上も前に買ったものなので、新しいいものである必要はない。
大事なのは中身なので、古くても多少汚れていても読めれば良い。
本のタイトルは「十牛図 自己の現象学」。
臨済宗禅の人が描いたひとまとまりの牛の絵を十牛図と呼ぶ。
その十牛図自体が一般的なものではないのだが、興味があれば簡単な紹介本があれば目を通してみると面白いかと思う。
どうしようかと思っている本はそこそこ込み入った書き方がされているのだけど、その分何度も目を通してあれこれと考える場にできる。
もし出てきたらダブるなあと思っていたのだけど、もう見つからないような気がしてきた。
やっぱりここを書き終えたら注文しよっと。
そういえば、同じ本を二冊、というのはこれで2回目だなあ。
前は岩波文庫の梁塵秘抄。
これも20年位折に触れて読んできて、紙が黄ばんでボロボロになって来たので新しい版を買った。でも古いものも捨てられなくて^^;。
こういうことをしてるから、物が増えるんだろうなあ^^;。
今日は時間の都合によりオカリナの練習はお休み。
まあ、また寝てしまっていたのですが^^;。
昼間は借りてきた本をひたすら読んでいました。
今、図書館の本が4冊手元にあって、これらを三が日が終わるまで読み終えたいので
出来るだけ本を眺めているわけです。
先日の京極夏彦の本、ラフカディオ・ハーンの日本の面影、中村雄二郎という哲学者の本、それと雑草は軽やかに進化する、という植物の本です。
雑草の本が一番読むのが大変そうだなと思うのは、染色体の異常などにも触れていて、この分野はほとんど知らないからなのです。もっと読み物的な内容かと思って予約したのでした。これはこれで頑張って読みましょ。
中村雄二郎の本もなかなか先へ進まない。一章読むと閉じて考えて自分なりに咀嚼しなくちゃいけないのです。これがまた時間がかかる^^;。
ということで途中まで読んでは次の本を少し読んで、という具合に過ごしています。
普段は2冊並行して読んだりしますが、流石に4冊でやるのは初めてかも。
でも、こういう読み方もそれなりに楽しいです(笑)。
まあ、また寝てしまっていたのですが^^;。
昼間は借りてきた本をひたすら読んでいました。
今、図書館の本が4冊手元にあって、これらを三が日が終わるまで読み終えたいので
出来るだけ本を眺めているわけです。
先日の京極夏彦の本、ラフカディオ・ハーンの日本の面影、中村雄二郎という哲学者の本、それと雑草は軽やかに進化する、という植物の本です。
雑草の本が一番読むのが大変そうだなと思うのは、染色体の異常などにも触れていて、この分野はほとんど知らないからなのです。もっと読み物的な内容かと思って予約したのでした。これはこれで頑張って読みましょ。
中村雄二郎の本もなかなか先へ進まない。一章読むと閉じて考えて自分なりに咀嚼しなくちゃいけないのです。これがまた時間がかかる^^;。
ということで途中まで読んでは次の本を少し読んで、という具合に過ごしています。
普段は2冊並行して読んだりしますが、流石に4冊でやるのは初めてかも。
でも、こういう読み方もそれなりに楽しいです(笑)。