ちりぬるをわか
日々のちょっとした事。で、いろんなことがあったりなかったり。
薄曇りの空から緩い日差しが差し込んでいます。
空気もひんやりしていて数日前の暑さが嘘のよう。
気温の変化に体がついていかないようで、体のあちこちが軋んでます。
朝のストレッチが欠かせませんが、今朝はなんだか腰のあたりが気になってます。
前のギックリからちょうど3週間過ぎ、筋肉痛もほぼ治りました。
しかしあのギックリで相当ダメージが刻まれたようで、今日もですが、火曜はギックリを思い出ししてしまうのです。
ということで、今朝はストレッチのあと、ギックリ予防にサポーターを腰に巻きました。
少しお腹がきついけど我慢デス^^;。
うん、予防しておくに越したことはありませんので、気をつけて過ごします。
転ばぬ先の杖ですね。
話は変わりますが、今「転ばぬ・・」と書いて思い出しました。
もう前のことですが、これって「転ばぬ杖の先」だと思っていたんですよね。
杖の先をしっかりと地地面に着けて使っていれば安全だ、って意味だと思ってたのです。
う〜ん、これってある意味正解だと今でも思ってます。
例えば山歩きでストック(杖)を使う時はストックの先をどこに着けるかを見極めるのは大事なんですよねえ。(笑)
今でもつい杖の先って言ってしまって、ああ、先の杖だったって思い直すのでした。
今日はこのままあまり気温が上がらないかなあ。
体調に気をつけて過ごしましょう。
では良い一日になりますよう。
空気もひんやりしていて数日前の暑さが嘘のよう。
気温の変化に体がついていかないようで、体のあちこちが軋んでます。
朝のストレッチが欠かせませんが、今朝はなんだか腰のあたりが気になってます。
前のギックリからちょうど3週間過ぎ、筋肉痛もほぼ治りました。
しかしあのギックリで相当ダメージが刻まれたようで、今日もですが、火曜はギックリを思い出ししてしまうのです。
ということで、今朝はストレッチのあと、ギックリ予防にサポーターを腰に巻きました。
少しお腹がきついけど我慢デス^^;。
うん、予防しておくに越したことはありませんので、気をつけて過ごします。
転ばぬ先の杖ですね。
話は変わりますが、今「転ばぬ・・」と書いて思い出しました。
もう前のことですが、これって「転ばぬ杖の先」だと思っていたんですよね。
杖の先をしっかりと地地面に着けて使っていれば安全だ、って意味だと思ってたのです。
う〜ん、これってある意味正解だと今でも思ってます。
例えば山歩きでストック(杖)を使う時はストックの先をどこに着けるかを見極めるのは大事なんですよねえ。(笑)
今でもつい杖の先って言ってしまって、ああ、先の杖だったって思い直すのでした。
今日はこのままあまり気温が上がらないかなあ。
体調に気をつけて過ごしましょう。
では良い一日になりますよう。
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「弱法師」 中山 可穂 文藝春秋 2004年
帯の紹介文:
○脳に材を得て、異形の愛のあり方を問う作品集。
難病を抱える少年と、少年に父親を超えた愛情を抱く義父との交流を描く表題作など、激しくも狂おしい愛の形を描く中編三篇を収録
感想:
能楽の作品を題材にした中編小説「弱法師」「卒塔婆小町」「浮舟」の三篇。
それぞれの作品に登場する人物が、能の主要人物を模しているような設定で、三篇とも主要人物は亡くなってしまう。なのでそこに至る物語でもあるとも言え、決して楽しく読めるという作風ではない。
作品の構成としては能楽に準えていて、主役(シテ)と物語の導き役(ワキ)が違うので、読み手としても舞台を見ているような感じになる。
「弱法師」は絶望に至りそこで断ち切られてしまうという悲劇的な話。
「卒塔婆小町」は狂気的な思い焦がれとそれに対し最後にやっと満足を得たような終わり方。
「浮舟」は迷いながらも生きていくことで繋ぎ止める人との繋がり、といった感じだろうか。
元となった能楽では弱法師は追い出された子供が親に巡り合って家に戻る物語。卒塔婆小町は小町伝説を下敷きにした深草少将の呪いが解かれて小町は成仏。浮舟は源氏物語宇治十帖の浮舟で薫と匂宮の間で揺れ動いていた浮舟の霊が僧侶によって弔ってもらい消えていく。
というように、どれも出だしは非話なのだけど最後に救いがある。これはあるいは能楽が作られた時代の流行の佛教説話、あるいは室町という混乱の時代からの救いが関係してるからかもしれない。
そしてその救いはここではあるのだろうかと考えてしまった。
「弱法師」だけはどうしても悲劇で断ち切られてる感が否めないが、「卒塔婆小町」では聞き手の青年が少し前向きに歩き出し、「浮舟」では残された娘がどんなことがあっても生きろと言われているように感じる、それが救いなのかもしれないね。
三作の中では「浮舟」が読んでいてストレスがなかったとも思った。
以上、久しぶりの読書ノートでした。
帯の紹介文:
○脳に材を得て、異形の愛のあり方を問う作品集。
難病を抱える少年と、少年に父親を超えた愛情を抱く義父との交流を描く表題作など、激しくも狂おしい愛の形を描く中編三篇を収録
感想:
能楽の作品を題材にした中編小説「弱法師」「卒塔婆小町」「浮舟」の三篇。
それぞれの作品に登場する人物が、能の主要人物を模しているような設定で、三篇とも主要人物は亡くなってしまう。なのでそこに至る物語でもあるとも言え、決して楽しく読めるという作風ではない。
作品の構成としては能楽に準えていて、主役(シテ)と物語の導き役(ワキ)が違うので、読み手としても舞台を見ているような感じになる。
「弱法師」は絶望に至りそこで断ち切られてしまうという悲劇的な話。
「卒塔婆小町」は狂気的な思い焦がれとそれに対し最後にやっと満足を得たような終わり方。
「浮舟」は迷いながらも生きていくことで繋ぎ止める人との繋がり、といった感じだろうか。
元となった能楽では弱法師は追い出された子供が親に巡り合って家に戻る物語。卒塔婆小町は小町伝説を下敷きにした深草少将の呪いが解かれて小町は成仏。浮舟は源氏物語宇治十帖の浮舟で薫と匂宮の間で揺れ動いていた浮舟の霊が僧侶によって弔ってもらい消えていく。
というように、どれも出だしは非話なのだけど最後に救いがある。これはあるいは能楽が作られた時代の流行の佛教説話、あるいは室町という混乱の時代からの救いが関係してるからかもしれない。
そしてその救いはここではあるのだろうかと考えてしまった。
「弱法師」だけはどうしても悲劇で断ち切られてる感が否めないが、「卒塔婆小町」では聞き手の青年が少し前向きに歩き出し、「浮舟」では残された娘がどんなことがあっても生きろと言われているように感じる、それが救いなのかもしれないね。
三作の中では「浮舟」が読んでいてストレスがなかったとも思った。
以上、久しぶりの読書ノートでした。
雨は上がったのかまだ降るのか?
湿った空気はひんやりとしています。
このお天気のせいなのか、朝から少しめまいがしていました。ストレッチで横になると天井が少し回ってました。これはマズイかなと思って体を起こしたら治ったので一時的なものでしょう。でも頭が重くて仕方がありません。まあこんなこともあるさねぇ。
さて、昨日は我慢の限界で、昼前に散髪に行きました。暇つぶしに借りた本も持っていって電車の中と順番待ちの間に読んでいました。
今回は、今まで以上に思い切り刈り上げもらって頭はスッキリ。
あれ?もしかして頭が痛いのって頭から風邪でも引いたかな?と今思うくらいスッキリ(笑)。
いや見た目だけはスッキリなんですけどね〜^^;。
で、本は「卒塔婆小町」を読み終わりました。まあまあまとまってたかなというのが一言での感想です。「弱法師」よりも絶望感がなかったのは最後に語り手役の人物が前向きになってたからか、それとも小町役の人が満足そうだったと思えたからなのか。
でも思えば不思議な物語というのが感想でしょうか。不思議さがどこか能楽のような雰囲気があるかもしれないなあ。
引き続き三作目の「浮舟」を読み進めましょ。
今日は終日どんよりとした天気が続くようなのでおとなしく昼寝でもしていたいt思います。
では良い一日になりますよう。
湿った空気はひんやりとしています。
このお天気のせいなのか、朝から少しめまいがしていました。ストレッチで横になると天井が少し回ってました。これはマズイかなと思って体を起こしたら治ったので一時的なものでしょう。でも頭が重くて仕方がありません。まあこんなこともあるさねぇ。
さて、昨日は我慢の限界で、昼前に散髪に行きました。暇つぶしに借りた本も持っていって電車の中と順番待ちの間に読んでいました。
今回は、今まで以上に思い切り刈り上げもらって頭はスッキリ。
あれ?もしかして頭が痛いのって頭から風邪でも引いたかな?と今思うくらいスッキリ(笑)。
いや見た目だけはスッキリなんですけどね〜^^;。
で、本は「卒塔婆小町」を読み終わりました。まあまあまとまってたかなというのが一言での感想です。「弱法師」よりも絶望感がなかったのは最後に語り手役の人物が前向きになってたからか、それとも小町役の人が満足そうだったと思えたからなのか。
でも思えば不思議な物語というのが感想でしょうか。不思議さがどこか能楽のような雰囲気があるかもしれないなあ。
引き続き三作目の「浮舟」を読み進めましょ。
今日は終日どんよりとした天気が続くようなのでおとなしく昼寝でもしていたいt思います。
では良い一日になりますよう。