ちりぬるをわか
日々のちょっとした事。で、いろんなことがあったりなかったり。
「ふちなしのかがみ」 辻村深月 角川書店 2009/6/30出版
帯より:
この学校の花子さんは、昔、音楽室の窓から飛び降り自殺をした少女の霊です。花子さんは階段にすんでいます。その階段を一生懸命掃除すれば、花子さんに会うことができます。
でも花子さんがくれる食べ物や飲み物を、口にしてはいけません。花子さんの質問に、嘘をついてもいけません。さもなくば、あなたは呪われてしまいますーー。
ある時を境に消えた友達、鏡の向こうに見えたいつかの私。
異世界へとつながる扉を開けたときのことを、あなたは覚えてますか?
(帯にはこの他に 「青春ミステリの気鋭が初めて封印を破った現代の怪談」というのもかかれていた)
感想(長文):前回の「きのうの影踏み」が読めたので、もう一つ怪談系も大丈夫かなと思って読んでみた。短い5つの話からなる作品集。
幽霊などが出てくるのは一作目の「踊り場の花子さん」と最後の「八月の天変地異」。
「ブランコをこぐ足」はこっくりさんに呪われる的な話。
「おとうさん、したいがあるよ」は、何がどうなってるのか分からない話。
「ふちなしのかがみ」は夜中に鏡に自分の未来が見えるというところから始まる話。
この3篇は人しか出てこない。
この中で「おとうさん・・」は読んでいても何がなんだかわからなかった。でもここで投げたら試合終了なのでちょっと真面目に考えてみた(笑)。
これは主人公と両親が祖父母の家を片付けていくと、あり得ない場所からしたいが次々と出てくる話。主人公と家族はそれを何とかしなくてはと動くが、次の日になってみると家族は何もなかったよう過ごしてる。
本人だけが覚えていて、周りが変になったように書かれているんだが、実は主人の意識がおかしくなっている。この話は見方を変えなくてはいけないのだろう。
作中にはもしかしたら主人公が異常をきたしたきっかけに繋がる事も出てくる。
それらを合わせてみて、この作品は人間の意識(脳の機能障害)で生じる現象(つまり病症)を書いてると考えた。うん、心理学的に見てみると納得いくところがいくつもある。(かがみの孤城でも感じたが、作者はある程度心理学を学んでるのでは、と思ってる)
それにあえて名前を付けるのなら、主人公が感じる怪談話になるんだろう。しかし最後に主人公はまたのっぺりとした感情に戻ってしまう。これも脳機能のブレによるものとも考えられる。
これは異常をきたした脳がどういったことを認識するのかを描いた怖さなのか、という解釈。
「ふちなしのかがみ」もこれと同じで、「精神に異常をきたした(これは最後にわかる)」主人公が正常な判断が出来なくなって悲劇を招いてしまうという話。それを全く認識できない主人公が悲惨だ。
「おとうさん・・」よりもいろいろな情報というかパーツが散りばめられていて、最後の数行で主人公が誰なのかがわかると同時に主人公がどうしてこうなったのかも一気にあらわになる。これはすごく上手いなあと思った。
「八月の天変地異」は幽霊が出てくる話なのだけど、1月に読んだ「きのうの影踏み」の中の「ななつのカップ」にも通じるような、幽霊だけど出てきてよかった、ちょっとホッする感じの話になってる。
どの作品も現代の闇というか心の暗闇のが描かれている。それそのものが現代の怪談なのかもしれないなと思うのでした。
以上
帯より:
この学校の花子さんは、昔、音楽室の窓から飛び降り自殺をした少女の霊です。花子さんは階段にすんでいます。その階段を一生懸命掃除すれば、花子さんに会うことができます。
でも花子さんがくれる食べ物や飲み物を、口にしてはいけません。花子さんの質問に、嘘をついてもいけません。さもなくば、あなたは呪われてしまいますーー。
ある時を境に消えた友達、鏡の向こうに見えたいつかの私。
異世界へとつながる扉を開けたときのことを、あなたは覚えてますか?
(帯にはこの他に 「青春ミステリの気鋭が初めて封印を破った現代の怪談」というのもかかれていた)
感想(長文):前回の「きのうの影踏み」が読めたので、もう一つ怪談系も大丈夫かなと思って読んでみた。短い5つの話からなる作品集。
幽霊などが出てくるのは一作目の「踊り場の花子さん」と最後の「八月の天変地異」。
「ブランコをこぐ足」はこっくりさんに呪われる的な話。
「おとうさん、したいがあるよ」は、何がどうなってるのか分からない話。
「ふちなしのかがみ」は夜中に鏡に自分の未来が見えるというところから始まる話。
この3篇は人しか出てこない。
この中で「おとうさん・・」は読んでいても何がなんだかわからなかった。でもここで投げたら試合終了なのでちょっと真面目に考えてみた(笑)。
これは主人公と両親が祖父母の家を片付けていくと、あり得ない場所からしたいが次々と出てくる話。主人公と家族はそれを何とかしなくてはと動くが、次の日になってみると家族は何もなかったよう過ごしてる。
本人だけが覚えていて、周りが変になったように書かれているんだが、実は主人の意識がおかしくなっている。この話は見方を変えなくてはいけないのだろう。
作中にはもしかしたら主人公が異常をきたしたきっかけに繋がる事も出てくる。
それらを合わせてみて、この作品は人間の意識(脳の機能障害)で生じる現象(つまり病症)を書いてると考えた。うん、心理学的に見てみると納得いくところがいくつもある。(かがみの孤城でも感じたが、作者はある程度心理学を学んでるのでは、と思ってる)
それにあえて名前を付けるのなら、主人公が感じる怪談話になるんだろう。しかし最後に主人公はまたのっぺりとした感情に戻ってしまう。これも脳機能のブレによるものとも考えられる。
これは異常をきたした脳がどういったことを認識するのかを描いた怖さなのか、という解釈。
「ふちなしのかがみ」もこれと同じで、「精神に異常をきたした(これは最後にわかる)」主人公が正常な判断が出来なくなって悲劇を招いてしまうという話。それを全く認識できない主人公が悲惨だ。
「おとうさん・・」よりもいろいろな情報というかパーツが散りばめられていて、最後の数行で主人公が誰なのかがわかると同時に主人公がどうしてこうなったのかも一気にあらわになる。これはすごく上手いなあと思った。
「八月の天変地異」は幽霊が出てくる話なのだけど、1月に読んだ「きのうの影踏み」の中の「ななつのカップ」にも通じるような、幽霊だけど出てきてよかった、ちょっとホッする感じの話になってる。
どの作品も現代の闇というか心の暗闇のが描かれている。それそのものが現代の怪談なのかもしれないなと思うのでした。
以上
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