ちりぬるをわか
日々のちょっとした事。で、いろんなことがあったりなかったり。

昨日はパソコンを閉じて久しぶりに書店へ。
外は汗ばむほどの陽気だった。
ずっと読んでいるシリーズの新刊が出ているので書店へ。
その後、図書館へ行った。
図書館でうろうろしながら、本の背表紙を眺めて過ごす。
結局一冊手にとったのは、角川文庫から出ていたラフカディオ・ハーンの「日本の怪談」という題の本。
まあ、よく目にするハーンの「怪談」に加えて他の文章も加えてあるというものだったので、お話自体は知っているもの。
でも違っているのは、怪談話として読みやすいように構成し直したものではなく、ハーンがいろいろと考察を加えたものがそのまま訳されているという点でした。
多くは明治以前の風習的な物で、それらは知らなかったことだったり、改めて気付かされたことだったり。
日本では当たり前すぎて埋もれていったことなどが、ハーンという当時の西洋の人の目で記録された文章だった点です。
例えば、江戸時代以前の鏡は銅鏡のものが多かったのですが、これは母から娘に手渡されて伝わっていたとか、鏡の裏には魂という字が書かれているものが多いとか。そして、その魂という字が表すとおり、鏡には魂が受け継がれてきたという考え方があるとか。
こんな事々が怪談話の文の中に含まれているのです。
なんだかすごく勉強になりました。で、結局ハーンの本は夜までかけて一気に読み通してしまいましたとさ^^;。
目は、パソコンを見ているよりはずっと楽でした。
今朝は、パソコンを見ているとまた少し涙目ですが、昨日よりもましかな~。
まあ、無理しない程度にします。^^
外は汗ばむほどの陽気だった。
ずっと読んでいるシリーズの新刊が出ているので書店へ。
その後、図書館へ行った。
図書館でうろうろしながら、本の背表紙を眺めて過ごす。
結局一冊手にとったのは、角川文庫から出ていたラフカディオ・ハーンの「日本の怪談」という題の本。
まあ、よく目にするハーンの「怪談」に加えて他の文章も加えてあるというものだったので、お話自体は知っているもの。
でも違っているのは、怪談話として読みやすいように構成し直したものではなく、ハーンがいろいろと考察を加えたものがそのまま訳されているという点でした。
多くは明治以前の風習的な物で、それらは知らなかったことだったり、改めて気付かされたことだったり。
日本では当たり前すぎて埋もれていったことなどが、ハーンという当時の西洋の人の目で記録された文章だった点です。
例えば、江戸時代以前の鏡は銅鏡のものが多かったのですが、これは母から娘に手渡されて伝わっていたとか、鏡の裏には魂という字が書かれているものが多いとか。そして、その魂という字が表すとおり、鏡には魂が受け継がれてきたという考え方があるとか。
こんな事々が怪談話の文の中に含まれているのです。
なんだかすごく勉強になりました。で、結局ハーンの本は夜までかけて一気に読み通してしまいましたとさ^^;。
目は、パソコンを見ているよりはずっと楽でした。
今朝は、パソコンを見ているとまた少し涙目ですが、昨日よりもましかな~。
まあ、無理しない程度にします。^^
PR

この記事にコメントする