ちりぬるをわか
日々のちょっとした事。で、いろんなことがあったりなかったり。

スヌーピーのマンガに出てくるライナスという子がいつも毛布を持ってることから「ライナスの毛布」と呼ばれるものがあります。(ライナスに関してはネットで検索すればたくさん出てきます^^)
何が、特定のものに触れていると安心出来るという幼児の心理を指しています。ライナスの毛布からなのか「安心毛布」と呼ばれたりすることもあるそうですが、毛布だけではなくてぬいぐるみだったりタオルだったり様々な対象があります。
例えば、小さな子供がどこへ行くのにも、いつも同じぬいぐるみを持っていくとか、そういう場面が思い浮かべてればよいかと思います。
これは幼児なら普通にあることで、持っているからダメとか、持ち続けていると成長しないと言うことではありません。
その延長線上で、大人になっても、そういった「触れていると安心するもの」というのはあるものなのです。
そもそも大人も子供も、一人の人間であることには変わりなく、子供が肉体的に成長した姿が大人というだけで、精神的な成長というのがどういう事をさすのかなんて誰にも分からないのです。
確かに、社会的に子供じみた事をしてはいけないのが大人というのはあります。
だからといって子供の時の心、心理が無くなってしまったのではありません。幼児からの積み重ね、学習して社会性を身につけて大人になりますが、自分の中の幼児を無くしてしまうことは出来ません。心の奥に隠しているだけなのです。
よく言われる「過去は変えられない」というのは悪い事、嫌なこと過去にあっても、それにとらわれないで先に向かって生きよう。変えるのなら今、そのことに囚われない未来を、という趣旨だと思います。
でも過去は変えられないというのは、過去の出来事もその人を構成している大事なことなので、今の自分を大事にするためにも過去を否定してはいけない、という意味にもなります。
話が少しズレましたが、過去の一つに、その「安心毛布」があるわけです。
大人になってもその「安心」を求めてぬいぐるみを手元に置く人もたくさんいます。もちろん幼児の時のように持ち歩かなくとも、そこは学習した大人として、我慢が出来るわけですね^^。
ライナスが毛布を持ち歩いているように、大事なのは手触り、触れた感触なのだと思います。
それは毛布や布の柔らかな感触以外でもあり、人によってはすべすべした石を持ってると落ち着く、などもその一つだと思ったりするのです。
なぜこういう事を書くかと言うと、
実は私にも「毛布(ぬいぐるみでもありません)」ではないけれど触れていると満足する「もの」が有るんですね(笑)。それに気がついたのは、かなり年齢を重ねてからの事でしたが、幼児の時からの記憶が今も続いていると証拠だと思っています。^^
何かで心がざわつく時に、触れてるだけで心が少しでも落ち着くものがあるなら、そういう「安心」を一つ持っている人はラッキーなんじゃないのかな?って思ったりもするのです。
残念ながら、私の場合は、年齢的にも社会的にも出来ないのが残念なのですが(笑)。
何が、特定のものに触れていると安心出来るという幼児の心理を指しています。ライナスの毛布からなのか「安心毛布」と呼ばれたりすることもあるそうですが、毛布だけではなくてぬいぐるみだったりタオルだったり様々な対象があります。
例えば、小さな子供がどこへ行くのにも、いつも同じぬいぐるみを持っていくとか、そういう場面が思い浮かべてればよいかと思います。
これは幼児なら普通にあることで、持っているからダメとか、持ち続けていると成長しないと言うことではありません。
その延長線上で、大人になっても、そういった「触れていると安心するもの」というのはあるものなのです。
そもそも大人も子供も、一人の人間であることには変わりなく、子供が肉体的に成長した姿が大人というだけで、精神的な成長というのがどういう事をさすのかなんて誰にも分からないのです。
確かに、社会的に子供じみた事をしてはいけないのが大人というのはあります。
だからといって子供の時の心、心理が無くなってしまったのではありません。幼児からの積み重ね、学習して社会性を身につけて大人になりますが、自分の中の幼児を無くしてしまうことは出来ません。心の奥に隠しているだけなのです。
よく言われる「過去は変えられない」というのは悪い事、嫌なこと過去にあっても、それにとらわれないで先に向かって生きよう。変えるのなら今、そのことに囚われない未来を、という趣旨だと思います。
でも過去は変えられないというのは、過去の出来事もその人を構成している大事なことなので、今の自分を大事にするためにも過去を否定してはいけない、という意味にもなります。
話が少しズレましたが、過去の一つに、その「安心毛布」があるわけです。
大人になってもその「安心」を求めてぬいぐるみを手元に置く人もたくさんいます。もちろん幼児の時のように持ち歩かなくとも、そこは学習した大人として、我慢が出来るわけですね^^。
ライナスが毛布を持ち歩いているように、大事なのは手触り、触れた感触なのだと思います。
それは毛布や布の柔らかな感触以外でもあり、人によってはすべすべした石を持ってると落ち着く、などもその一つだと思ったりするのです。
なぜこういう事を書くかと言うと、
実は私にも「毛布(ぬいぐるみでもありません)」ではないけれど触れていると満足する「もの」が有るんですね(笑)。それに気がついたのは、かなり年齢を重ねてからの事でしたが、幼児の時からの記憶が今も続いていると証拠だと思っています。^^
何かで心がざわつく時に、触れてるだけで心が少しでも落ち着くものがあるなら、そういう「安心」を一つ持っている人はラッキーなんじゃないのかな?って思ったりもするのです。
残念ながら、私の場合は、年齢的にも社会的にも出来ないのが残念なのですが(笑)。
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